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Wolfenstein II: The New Colossus

Wolfenstein II: The New Colossus
2017年9月12日

Wolfenstein II: The New Colossus – フラウ・エンゲル

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Wolfenstein II: The New Colossus

『Wolfenstein II: The New Colossus』の舞台であるナチス占領下のアメリカで、あらゆる手を使ってB.J.ブラスコヴィッチを追い詰めようとするフラウ・エンゲル。悪の象徴とも言える彼女の名前を聞いて「自由」や「解放」という言葉を思い浮かべる人はいないでしょう。

もうひとつの現実として描かれる、ナチスに支配された世界…そのナチスの中でもトップクラスの士官であるエンゲルですが、クリエイティブディレクターのJens Matthiesによれば、それは彼女の邪悪な一面を表す要素のひとつに過ぎないといいます。

「彼女のキャラクター性は、ナチスのイデオロギーやファシズムの象徴とも言えるものです」とMatthiesは言います。「彼女が置かれている環境下では、成果を出して階級を上げれば、大きな自由を得ることができます。他人の自由を犠牲にしてね。つまり他人を支配し、自己顕示欲を満たすことができるようになるんです」

このことはBJとフラウ・エンゲルが初めて出会うシーンによく表れている、とMatthiesは言います。2人の出会いが描かれているのは、2014年に発売されたMachineGamesの処女作『Wolfenstein: The New Order』。そこでフラウ・エンゲルはBJに危険な、しかしどこか退廃的なゲームを持ちかけます。そして自分の力に絶対の自信を持つ彼女は、BJのことをおもちゃのように弄ぶのです。「このシーンが全てを物語っています」とMatthies。「ナチスの理念を崇拝する者にとって“力を得る”とはこういうことを指すんです」

もちろん、その後、彼女には相応の罰が下ります。(注:以下の文章には前作『Wolfenstein: The New Order』のネタバレが含まれます) フラウ・エンゲルが監視する中、BJは捕虜収容所を抜け出すのですが、その際にエンゲルは酷い傷を負います。また、ゲーム終盤では恋人のブビがBJに殺されるのを、彼女はただ見ているしかありませんでした。並の悪党であれば、ここで負けを認めて惨めに逃げ去っているでしょう。しかし、フラウ・エンゲルはこのことで逆にBJ達への敵意を強めます。

「ぐちゃぐちゃの顔で這い寄ってきて復讐を誓う場面、あれは強烈なシーンになるだろうなと思っていました。女王のように君臨していた人間がその立場を奪われたとしたら、取り返そうとするのは当然といえます。彼女がこれほどまでにレジスタンスを…特にBJを憎むようになったのには、それなりの理由があったのです」

復讐を胸に

その数年後、同じくMachineGamesの手掛ける続編において、フラウ・エンゲルは強大な敵となって再び登場します。「1作目に登場させることでまずはフラウ・エンゲルというキャラクターを知ってもらい、本作『The New Colossus』でメインの敵として登場させる…という計画は前々からしていたんです」とMatthiesは言います。

「フラウ・エンゲルは血眼になってあなたを探しています」と語るのはエグゼクティブプロデューサーのJerk Gustafsson。「彼女はオースメルツァーと呼ばれる巨大な飛行要塞の全権を掌握しています。追い詰める準備は万端、といったところです」実際、今作のオープニングは身体中に傷を負ったBJが、レジスタンスの拠点となっている潜水艦「エヴァズハンマー号」の医務室にいるシーンで幕を開け、そこでフラウ・エンゲルからの攻撃を受けることになります。その後、あの車椅子での戦闘シーンが展開し、仇敵同士が対面するシーンで盛り上がりは最高潮に達します。もうひとつ、ゲーム全体を通して重要なポイントとしては、上空にオースメルツァーが現れるのですが、これは(Matthiesいわく)「恐ろしい事態なんです」

「ブラスコヴィッチはレジスタンスの顔ですから、ナチスとしては彼を野放しにしておくわけにはいきません。ナチスはBJのことを厄介者という意味を込めて“テラー・ビリー”と呼びます。実際、BJは彼らの計画にとって目の上のたんこぶですからね」と語るのはシニアゲームデザイナーのArcade Berg。「打倒ビリーはフラウ・エンゲルにとって個人的な復讐だけでなく、任務でもあるんです

暴走する力

飛行要塞があろうがなかろうが、フラウ・エンゲルが恐ろしい存在であることに変わりはありません。それは彼女の言葉だけでなく、声によるところも大きいでしょう。Matthiesは、声優のNina Franoszekが、フラウ・エンゲルというキャラクターを完成させる上で大きな役割を果たしてくれたと言います。

「フラウ・エンゲルのセリフを書いたとき、文字だけでもかなりインパクトのあるシーンになったと感じました。でも、Ninaのおかげで表現できた部分もかなりあるんです。ドイツ人声優にとって、ナチスの人間を演じることは決して簡単なことではありません。感情的に非常に複雑なものがありますしね。彼女も最初はそのことで苦労したと思います。キャラクターが内に秘めた感情みたいなものを、なんとか掴めないかともがいていました。あるとき、それが“腑に落ちた”ような瞬間があって、それからはもうフラウ・エンゲルがどういう人間なのか、完全に理解していましたね。彼女の演技は、それはもう素晴らしいものでした。Ninaの演技によって、フラウ・エンゲルというキャラクターは新たな次元に到達できたんです」

(フラウ・エンゲルの日本語吹替を担当しているのは片貝薫さんですが、Nina Franoszekはパフォーマンスキャプチャーと声による演技によって、キャラクターの土台を作ってくれました)

最初、Franoszekは、ゲーム関連の仕事は経験がなく、どんなものなのか予想が付かなかったこともあり、この仕事に乗り気ではなかったといいます。Franoszekはそのことについて「ゲームの声優、しかもナチスの司令官という役柄に対して、はっきり“やりたい”とはなかなか思えなかったんです」と語ります。「でも、台本を読んだらそんな思いは一気に吹き飛びました。まるで『イングロリアス・バスターズ』の台本を読んでいるようで。素晴らしい台本でした」

Matthies立ち合いの下で行われたオーディションでフラウ・エンゲルを演じたFranoszek。オーディションの後には本編のムービーのワンシーンを観たそうですが、その後に見事役を勝ち取りました。余談ですが、このときのオーディションについてFranoszekは「私の演技は本気で怖かったって、後でJensから聞きました」と笑いながら話してくれました。こうして実際の収録が始まりました。

「フラウ・エンゲルがサイコパスであること、サディストであることを理解できてはいたんです」とFranoszek。「でも、それに入り込むことが難しかった。あそこまでサディスティックな面は、自分の中になかったので」行き詰まった彼女は、外側から攻略することにしました。ナチスの強制収容所の衛兵からパンクロッカーのニーナ・ハーゲンについてまで、あらゆることを調べ始めたのです。そしてどんな声で演じればいいのかはすぐにわかったそうですが、彼女はそれだけでは満足しませんでした。「まだキャラクターとうまくリンクできていないような気がしたんです。例えば、酷い歯の痛みを想像すれば怒りを表現することはできますが、それでは小手先の技術に過ぎませんから」

そんな中、1作目のとあるシーンのリハーサルがありました。ベリカ強制収容所へ到着した列車と、それに乗せられた大勢の収容者。その収容者のうちの1人がこの子だけでも助けて欲しい、とフラウ・エンゲルに泣き叫ぶ赤子を手渡します。しかしフラウ・エンゲルはそれを拒否し、無礼を働いた罰としてその収容者を鞭で打ち据えるのです。「このシーンが鍵でした」とFranoszekは語ります。「どうしてこんな酷いことができるんだろう? って考えたんです」

その答えを導くための材料は彼女の中に全て揃っていました。自分がナチスの司令官ならどう考えるか。自分がサイコパスなら、ナルシストなら、サディストならどう考えるか。今すぐこの騒音を止めなければ――うるさく鳴り続ける目覚まし時計を壁に叩きつけるような感覚です。イメージすべきものがわかれば、あとはそれを実践するだけです。

「実際にやってみると、まるで神になったような気分でした。どんな酷いことをしても、誰にも罰せられることがありません。すると、そのことに溺れて暴走してしまう、フラウ・エンゲルはまさにそんな状態です。誰に何をしたっていい。だって何も起きないんですから。罪になんてならないんです。自分を止められるものは何もない。それが鍵でした」

汝の敵を愛せよ

ご存知の通り、このフラウ・エンゲルの自信は、1作目でBJによって粉々に打ち砕かれます。しかし、その出来事はむしろ彼女をより強く、そしてなにより、彼女とBJの因縁をより強くしました。

「彼女にとってBJは敵ですが、ある意味では新しい恋人とも言えるんです」と、Franoszekは語ります。「彼女にはいいパートナーが必要なんです。しかし無抵抗な相手を殺すだけでは、ゴキブリを殺すのと変わりません。相手が弱くては、十分に楽しめない。ずっと追い続けられるくらい強いパートナーが必要なんです。もしBJという追いかける相手がいなかったらフラウ・エンゲルはきっと孤独でしょう。きっと彼女は、そんな孤独には耐えられません」

非道で残虐な人間でありながら、ある意味では愛すべき悪役とも言えるフラウ・エンゲルですが、ここでひとつの疑問が浮かび上がります。Franoszekはフラウ・エンゲルにそういった愛すべき一面があることを、理解した上で演技として表現しているのでしょうか?

いいえ、と彼女ははっきりそれを否定します。フラウ・エンゲルがどれだけ感情的に破綻していようとも、彼女の中で揺るがないものがひとつあります。それは史実においても、悪の政党を支持した“善良な人々”の多くが同様に抱いたもの…「自分のやっていることは正しい」という信念です。

「自分は悪に汚れた世界を浄化しているのだ、と彼女は信じているんです」とFranoszekは言います。「彼女を演じているとき、自分の中に悪は存在しません。自分の行いには全て正当な理由があるからです。イデオロギーに忠実に行動しているだけで、自分こそが正しいと信じているんです」その確固たる信念こそ、彼女が魅力的な悪役たる所以です。なぜなら、全ての行動は(フラウ・エンゲルからすれば)筋が通っていますし、本作の世界観にピッタリとマッチしているからです。

MatthiesもFranoszekと同じ意見です。「台本を書くときは自分自身がそのキャラクターと同じ視点に立つ必要があるんです。これは全てのキャラクターに言えることだと思います。例えばフラウ・エンゲルを書くときは彼女の使命や、彼女自身の望むものを意識して書くんです。こうすることで、キャラクター達のポテンシャルを最大限に引き出すことができるんですよ。そのキャラクターのことを一番わかっているのは、そのキャラクター自身ですからね」

これはFranoszekが再びフラウ・エンゲルを演じる際にも役に立ちました。新作を重ねるごとに、彼女の演技にはどんどん磨きがかかっていきます。「『The New Colossus』の台本を書いているときからNinaには期待していました」とMatthiesは言います。「台本を書いていて、強烈なシーンになるだろうな、と思った箇所があったのですが、そこにNinaが新たな要素を加えてくれたことで、まったく別のものに昇華することができたんです。最終的に非常に満足いく出来になりました」

本作の魅力は前作をプレイしていなくても色褪せません。「『The New Colossus』は前作をプレイしていない人のことも想定して作っています。そのため、各所に導入部となるシーンがあるのですが、中でもフラウ・エンゲルのシーンはかなり印象的だと思います」

E3 2017にて100以上の賞を受賞した『Wolfenstein II: The New Colossus』(PlayStation 4、Xbox One、PC)は、E3 Game Critics Awardsの「Best of Show」を含む4部門にノミネートされ、「Best Action Game」受賞の栄誉に輝きました。

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Gary Steinman

Senior Director, Global Content