
DOOM® Eternal
Nods to Mods: NO END IN SIGHT - Emil Brundage、Chris Lutz、Xaserにインタビュー
DOOM® Eternal
皆さん、『DOOM (1993)』と『DOOM II』用の凶悪な追加コンテンツ「No End in Sight」が新たに公開されました!
このハイクオリティなMEGAWADを「Nods to Mods」最新号でご紹介しましたが、さらに「No End in Sight」の制作者であるEmil Brundage、Chris Lutz、Xaserの3名にインタビューを行いました! ぜひご覧ください。
SLAYERS CLUB(以下SC):『DOOM』のMOD/ステージ制作を始めてどれくらいの長さになりますか?
CHRIS LUTZ:1995年からステージを制作しています。
EMIL BRUNDAGE:最初に公開したのは、高校生のときに作った「The Beginning of the End Part 1」でした。当時どれほど『DOOM』のマップ制作に没頭していたか、今でも覚えています。学校が終わった後はずっとマップを作っていましたし、数学の授業でも方眼紙にマップを描くことに熱中していました。1997年に「The Beginning of the End Part 1」を公開しました。これは『Ultimate DOOM』用の置き換えWADで、最初の2つのエピソードを置き換えるものです。
XASER:6無量大数メートルくらいです。まじめに答えると、たぶん2001年でしょうかね? 最初はZDoom用の武器やゲームプレイMODを作っていて、マップを作り始めたのはそれから10年後ぐらいでした。初めて作った一連のマップはまあまあの出来栄えで、2011年の「Plutonia Revisited Community Project」に収録されました。正直言って他の二人には及びませんが、それでも20年近くずっと作り続けています。まさに“『DOOM』は永遠(Eternal)”ですね。
SC:『DOOM』を初めてプレイしたときのことを教えてください。
EMIL:『DOOM』が発売されたとき、こんなゲームは見たことがないと思いました。ファミコンで『スーパーマリオブラザーズ』をプレイして、クリボーを踏みつけたりしていたんですが、そこに『DOOM』が現れたんです。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』、メタリカ、『死霊のはらわた』が大好きだった青年時代の私にとって、まさしく『DOOM』は人生を変えてしまうゲームでした。キーボードに向かうたびに本当にゾクゾクしましたよ。暗闇ではプレイできませんでしたね。
CHRIS:1994年初頭にシェアウェア版の『DOOM』をステイプルズで買いました。
XASER:1997年のクリスマスに、父がソフトウェアCDの福袋をプレゼントしてくれました。90年代後半には良くありましたよね。そこにシェアウェア版の『DOOM』が入っていたんです。すぐにハマってしまい、それが現在までずっと続いています。後で知ったんですが、そのことで父は母からかなり責められたようです… まあ、こうして皆といるのはそのおかげです。 :P

SC:『DOOM』のMOD制作を始めたきっかけは何ですか?
EMIL:ゲームはプレイするのも好きでしたが、作る方がもっと好きでした。『DOOM』のマップ制作を始める前は、『Forgotten Realms: Unlimited Adventures』(1993年発売)のモジュール制作にかなりの時間を費やしていました。『DOOM』のマップが作れたらどんなに素晴らしいだろうって思っていたのを覚えています。そのときは本当に作れるなんて思いもしませんでした。1995年ごろでしょうか、『DOOM』のエディターが本当にあると知った日のことは今でも覚えています。すごく興奮しました。エディターを入手してから、現在までずっとマップを作り続けています。
XASER:ゲームのMOD制作をしていなかったときはないと思います。『Boulderoid』という、昔のDOSゲーム『バルダーダッシュ』のクローンゲームがあるんですが、そのエディターをよく触っていました。ずいぶんな数のステージを作ったと思います。それから『DOOM』と、その改造方法を知りました。頭の中で思い描いたものを実現する、というのは、すごく充実感があることですよね。『DOOM』の魅力はまさしくそれです。誰でもステキで、面白い、真に自分だけの(“継ぎはぎ感”のない)ものを作り上げることができるんです。別にハイクオリティなアートアセットを作ることに人生を捧げる必要はないんですよ… とはいっても、私はアートアセットの制作に人生を捧げることになると思いますが。 :P
SC:皆さんがこのMEGAWADを制作することになった経緯を教えてください。
EMIL:Chrisと私は高校生のときに知り合いました。知り合ったきっかけは良く覚えていないんですが、たぶんChrisの素晴らしい作品への感想を送ったことだと思います。それからすぐ、Chrisによる一大プロジェクト「Caverns of Darkness」のステージ制作に参加させてもらいました。このプロジェクトが公開されたのは2002年でしたが、私が担当したマップは1997年に完成していました。大学に入る少し前のことです。これを最後に、私は10年ほどマップ制作をやめてしまいました。
Xaserと知り合ったのは、2008年に『DOOM』のMOD制作に復帰したときのことです。Xaserの「DOOM: The Lost Episode」を偶然見つけて、すごく気に入りました。複雑で、手ごわく、過酷なエピソードでした。頭がトリップしてしまうほどでしたよ。ZDoomポートの使用により、『DOOM』オリジナルの雰囲気を保ちつつ、『DOOM』エンジンに大幅に手が加えられていました。『DOOM』のダークさはそのままに、イカれ具合が倍になっていましたね。
ChrisとXaserと私の3人は、2010年開始のプロジェクト「DOOM The Way id Did(DTWID)」に参加しました。「DTWID」はDoomworld.comにおけるコミュニティプロジェクトで、『DOOM』オリジナルの作風に忠実な『DOOM』用マップを作る、というコンセプトに基づくものでした。当時のコミュニティでは大人気でしたし、今でも良く話題になります。当時の私はZDoomエンジンに惚れ込んでいて、ソースポートによる超巨大マップに取り組んでいました。でも、「DTWID」は肥大化しすぎたせいで破綻し始めていました。そして、昔ながらの手軽なマップを作ることを考えるのがちょうどよい気晴らしになりました。そして、その気晴らしはやがて現実のものとなりました。XaserとChrisも「DTWID」に参加していましたから。
プロジェクト用にはマップを3つか4つ作りましたが、その一部しか「DTWID」の完成版に使えないのは明らかでした。「DTWID」で作った部分を基に、エピソード1用の置き換えWADを作ることにしました。1つだったはずのエピソードが3つになり、さらに4つになりましたが、なんとかXaserとChrisの協力を得てやり遂げることができました。
CHRIS:いつも私が「イエス」と言うまでEmilに責められましたね。もう少し真面目に言うと、私がいくつか試していたコンセプトが、ちょうどEmilの描いていた「NEIS」の完成像にピッタリだとわかったんです。そのおかげでとても順調に進みました。
XASER:まったく、このプロジェクトの始まったきっかけは現実とは思えないくらいです… Chrisは間違いなく伝説のマップ制作者ですし、Emilのデビュー作「The Beginning of the End Part 1」は、冗談抜きで一番お気に入りのWADです。そこに作者本人から思いがけなく「やあ、君の作品が好きだよ」というメールをもらい、それが後に二人の巨匠との共同制作に発展するなんて、うーん… 例えば「これは現実なのか? すぐに目が覚めてしまうんじゃないか?」という感じでした。
発端についてさらに言えば、「DTWID」は結構変わったプロジェクトでした。元々のコンセプトは「初代『DOOM』のエピソードそれぞれに、当時のid Softwareのチームが作った10番目のマップがあったとしたら?」みたいな感じで、コミュニティからはマップが大量(100を越えていました。本当です)に投稿されていました… でも、プロジェクトの趣旨に沿うようなマップは多くありませんでした。
私たち数人が腰を落ち着けて、自分たちが「DTWID」をどんな風にしたいのかを本当に理解したときには、とても優れていても“id Software感”の足りないマップが山ほどある状態でした。それでEmilと私は新たにプロジェクトを立ち上げたんです… ちょっと皮肉な話ですが、私のマップの1つ(E2M1「Receiving Station」)とChrisのマップ(E3M9「Lake of Fire」)は、「DTWID」と「NEIS」のどちらにも収録されることになりました。不思議なものですよね。
「NEIS」について言えば、当初は全部で3つのエピソードを目標に開発を始めたんですが、完成が近づいたときにEmilがこう言ったんです。「おっと! E4M1を作ったところなんだけど、エピソード4を作っているものとばかり思っていたよ」。それで、そうなりました。
SC:3名の役割分担はどのようなものだったのですか?
EMIL:「NEIS」での各自の役割分担は、かなり場当たり的でしたね。Xaserが参加する前にエピソード1はほぼ完成していました。Chrisが参加したときにはエピソード2は半分以上仕上がっていて、エピソード3の一部も完成していました。全員が揃ったときには、残っている空白のマップに各自が手をつけて作業をしていくやり方でした。Xaserはマップ制作以外のあらゆる作業を手掛けてくれました。タイトル画面のアートワークやマップ名、メニューの改造などですね。
CHRIS:正直に言えば、私自身は“ゲストのマップ制作者”という気分でした。これは実質的に私以外の二人の作品ですし、二人のプロジェクトに参加できて嬉しかったです。先ほど言った通り、以前試していたいくつかのコンセプトがプロジェクト全体の流れにピッタリはまってくれました。というわけで、私の実質的な仕事は作ってあったステージを提出することで、後の二人がそのステージの活用方法を考えてくれました。
XASER:大抵は、誰か一人がエピソードの空白部分を埋めるためにマップを作り始めると、他の二人から「いいぞ、その調子!」と返ってきましたね。いつもパズルのピースがぴったりはまるような感じでした。

SC:「No End In Sight」の制作には、どんなツールソフトを使いましたか?
EMIL:マップ制作にはDoom Builder 2です。複数のマップを組み合わせて1つのWADにしたり、テクスチャーやタイトル画面などのリソースを統合するのにはSLADEを使いました。
XASER:Doom Builder 2、SLADE、それに2001年からずっと使っているPaint Shop Pro 7です。私は古いタイプなんだってお話ししましたっけ?
SC:「No End In Sight」では主に何からインスピレーションを得ましたか?
EMIL:「DTWID」、『DOOM (1993)』、『DOOM II』もそうですが、最大のインスピレーションは制作メンバーのお互いから受けています。ChrisかXaserが新しく作ったマップをプレイするたびに、喜びと絶望の入り交じった気持ちを味わいました。喜びは素晴らしい体験ができたからで、絶望は二人の素晴らしく創造的な作品にはかなわない、という気持ちになったからです。こういった感情のおかげで、このプロジェクトへの情熱を維持することができました。二人がいなければ、私が作った「NEIS」用のマップは良いものにはならなかったと思います。
CHRIS:“IWAD(ゲーム本編)であり得たかもしれないステージ”を作るというアイデアは、個人的にとても刺激的でした。ステージデザイナーを長らくやってきた身としては、IWADは(無意識でも)避けることのできない参考資料でした。今でも『DOOM (1993)』と『DOOM II』が入った3.5インチフロッピーを持っていますよ。それに、私が一番プレイしたのは間違いなくIWADのステージでした。
とはいえ、私の好みのデザインのスタイルはRomeroやPetersonのような開発メンバーとはかなり違うので、原作のステージを楽しんでプレイしていても、それを作り直そうとしたことはありませんでした。というわけで、新要素を含みつつも原作のIWADとかけ離れないようなステージを作成するというのは、面白いチャレンジになりました。
XASER:IWADから受けた刺激以上に、Emilと私はお互い猛烈にフィードバックを繰り返しました。一方がマップを仕上げて、もう一方がプレイしてものすごい刺激を受ける。そして次のマップに取りかかって… その繰り返しです。いったん調子に乗ってしまえば外野のことは気になりません。“「NEIS」は「NEIS」を生む”といったところですね。

SC:どのようにしてステージをデザインしますか? 共同制作におけるデザインの様子も教えてください。
EMIL:私のステージデザインは、いつでも初代『DOOM』における考え方を参考にしています。汚れ、錆びつき、老朽化した、暗いステージを作るのが好きです。そこに現実世界を征服すべく地獄の軍勢が襲ってくるんです。原作の3つのエピソードから強く影響されて、入り組んだマップを作ることを目指しました。エピソード4はちょっと独特な存在で、『DOOM II』と、同作のエピソード4と、私たちの過去作品からインスピレーションを得ています。例えば、e4m6「Sanctuary of Filth」には私のZDoomマップのアートスタイルを使いました。これは巨大で圧倒的なマップになる予定でしたが、「NEIS」の影響で気が変わって未完に終わりました。隠し要素についても『DOOM』スタイルを意識しました。簡単に見つかる隠し要素もあれば、超高難易度の隠し要素もあります。また、『DOOM』エンジンの機能を最大限活用するよう心がけました。大抵のマップ制作者が(恐らくもっともな理由があって)使わないようなものも含めて、です。お気に入りをいくつか挙げると、e1m2で使ったdonut special(水面に囲まれた可動床)と、ドラム缶だらけの床の上手い使い道を思いついたことですね。
CHRIS:私のステージデザインは、ビジュアルを何よりも重視しています。ゲームプレイを犠牲にしてでも、絶対に見た目にこだわります(もちろん、馬鹿げてますよね。ステージは“プレイ”するものであって、“見る”ものじゃありませんから。私が公開したマップについてのレビューでも、そのような意見が良くあります。でも、自分が作りたいようにステージを作った結果ですから、考えを曲げるつもりはありません)。そういうわけで、私のステージ制作はまずビジュアルコンセプトありきで始まります。例えば「Phobos: Anomaly Reborn」のステージ3に登場する巨大クレーンのような具体的なビジュアルだったり、あるいはもっとぼんやりとした考えだったり… そういったものを中心に据えてステージを作っていきます。
XASER:さあ、どうでしょう。ただ画面に線を引いて、何かそれらしく見えてきたら、そこにモンスターをいくつか放り込むだけです。ひとつ変わらないことがあるとすれば、最初に全体のコンセプトを決めることだと思います。たいていはマップ名を決めます(例えば「Derelict Vessel」)。それを中心に作っていきますが、意識してデザインを取捨選択していくというよりは、もっと漠然とした感じで作っていきます。たまにはやり方を少し変えてみることもあります。例えば厳密にルールを決めたり、まず紙に何か描いたりしてみるんです。でも「NEIS」でそんなことは、ほとんどやりませんでした。とにかく経験と勘のみでマップを作りまくっていましたね。

SC:E4M4(Warton Precinct)は素晴らしいマップですね。弾薬を管理し、ワープするデーモンに対処し、動き続けなければいけません。戦闘と分析的思考のバランスが完璧なのが印象的です。このマップを作るうえで何からインスピレーションを得たのか、詳しくお聞かせください。
EMIL:e4m4の最大のインスピレーションは、当たり前かもしれませんが、このマップの前にXaserが作成したe4m3(Square Zero)です。他には『DOOM II』の市街地マップや、それ以上に“溶岩ダイビング”こと「Inferno」に刺激を受けていると思います。弾薬のバランス調整は、当時「NEIS」で完成済みだったXaserのマップを大いに参考にしました。レイアウトやギリギリの弾薬、テレポートするモンスターにより、プレイヤーは一ヵ所に留まらず動き続ける必要があります。プレイヤーには常に無防備で危険にさらされている感覚を味わってもらおうと思いました。
通路を狭くしたのも、マップに緊張感を与えることが狙いです。『DOOM II』では違うかもしれませんが、『DOOM』のマップを作るうえでは狭い空間が効果的だと思います。私の作ったマップで動ける空間が128ピクセル以上あるのは珍しいですね。今まで私のマップは狭いほうだと思っていましたが、「SIGIL」をプレイしたらRomeroにとっては私のマップは広すぎるぐらいなんだと分かりましたよ!
XASER:そういえばE4M4のせいで、チームのQAリーダー(dewことBoris Klimeš)は脳がパンクしそうになっていたんですよ。溶岩をすごく多く配置したのに、radsuit(放射線防護服)の数がすっごく少なかったんです。Borisがradsuitを増やしてくれと1回頼むごとに、Emilはradsuitを1つ削除したともっぱらの噂でした。Borisはこのプロジェクトに「No Radsuits in Sight(放射線防護服が見当たらない)」というニックネームをつけていましたよ。 :P
SC:E4M8の最後で建物が沈んでいくのは素晴らしいサプライズでした。これはどのように思いついたのですか?
EMIL:E4m8は、二人で共同制作した「NEIS」唯一のマップです。Xaserが崩れる建物を作り、残りの部分を私が作りました。では、そのことについて話し合った当時の公式記録を見てみましょう。2011年11月のメールのやりとりです。
「Emil:また共同制作ということだね。それじゃあ、e4m8はどうかな? こんなことを考えているんだ。最新バージョンの出口エリアではコアが破壊されると、橋が上がるようになっている。この出口でプレイヤーがどこかにテレポートするようにしたいと思うんだ。テレポートした先は、無人の地獄の都市のようなものを考えている。プレイヤーは通りの真ん中にいて、両側に建物が建ち並んでおり、その建物は溶岩に取り巻かれている。プレイヤーが通りを歩いて行くと、建物が徐々に溶岩に沈んでいく。そしてプレイヤーは最後の出口にたどり着く。ゲーム終了。
これにはいくつか目的がある。1) WADの大団円。2) まだメインエリアにテレポートしていないモンスターを全滅させる時間を用意すること。最終バトルではモンスターが一定間隔で次々とテレポートして出現するようにしようと思う。つまりプレイヤーが上手く立ち回った場合、出口に入った時点で、まだ檻に入ったままのモンスターが多く残っていることが考えられる。最初の出口に到達すると、残りのモンスターを全滅させるトリガーが発動する。これはプレイヤーがキル率100%を達成するうえで有利になる。」
XASER:うわあ、このメールが残ってたんですね… 二人でちゃんと計画を練ったことをすっかり忘れていました。もしかすると、このプロジェクトにおいて行き当たりばったりで作らなかった唯一の箇所かもしれません。 :P

SC:「No End in Sight」制作における最大の課題または困難を教えてください。
EMIL:正直なところ、1つも思いつかないです。最初から最後まで、好きで楽しみながら作っていましたから。
XASER:完成させること、でしょうかね? 作るのは楽しかったんですが、4つ目のエピソードは皆の限界を越えていたと思います… 少なくとも、私はそうでした。もしエディターで再びE4M7を見たら、その場で昇天してしまうと思います。
SC:「No End in Sight」の完成までに費やした時間を教えてください。
EMIL:Doomworldの「DTWID」スレッドで、最初のマップ「Forgotten Caverns」(「Caverns of Darkness」へのオマージュといったところでしょうか)の制作を始めたことを告知したのが、2010年12月14日でした。「NEIS」を公開したのは2016年11月29日ですから、6年近くかかっていますね。2011年に最終マップが半分完成していたのに、なぜ公開が2016年になったかって? 訊かないでください。
XASER:あの半分完成していたマップというと、E4M7… あー、もう死んじゃいそうです。
SC:『DOOM』コミュニティで好きなMOD制作者またはMOD制作チームを教えてください。
CHRIS:細部まで作り込まれた作品も、『DOOM』エンジンでは不可能なこと(動いている列車を作れないっていうけど、本当は?)に挑戦している作品も好きです。Iikka Keränenの作品や、「Eternal DOOM III」のステージには大いに刺激を受けました(はい、私は古いタイプなんです)。最近のものだと、Skillsaw率いる制作チームの「Ancient Aliens」のテクスチャはピカイチでしたし、ビジュアルによるストーリー描写もしっかりしていました。それから、並外れたライティングエフェクトを一貫して実現しているMechadonです。
EMIL:『DOOM』のマップ制作者なら、ダントツでChrisとXaserが好きですね。私にとっては夢のチームです。
XASER:うーん… Emilがお気に入りのマップ制作者なんですが、おかしいでしょうか? Doomworldでこんな冗談があるんです。「“自分の好きなものは何”というスレッドを立てると、Xaserが速攻でこう書き込む。“end1.wad”」(Emilの「The Beginning of the End Part 1」のことです。絶対にプレイしてくださいね)。それに、Esselfortiumとlupinx-Kassmanのアートスタイルとビジュアルデザインは驚異的ですし、RottkingとTarnsmanの作品は緊張感あふれるプレイを楽しめます。それからZan-zan-zawa-veiaは素晴らしく独特で類まれな技術の持ち主です(「Sheer Poison」と「doggy.wad」をプレイしてみてください。脳みそがとろけるような素晴らしい時間を過ごせますよ)。
SC:その他に感謝を伝えたい人はいますか?
XASER:難しい質問ですね。何人かは忘れているかもしれませんが… Kate Fox、Bouncy、The Alex of Many Names(この言い方で通じるでしょう)、Essel、Jimmy、MTrop、dew、Cage、母、Wayne、父、「Doomtwid」チームの皆さん、そして私の本名(らしきもの)を知っている親しい人全員に感謝を申し上げます。皆さんのおかげで、まともにやって来られたようなものです… ;)
SC:『DOOM』の将来に終わりは見えて(end in sight)いますか?
CHRIS:いいえ。
XASER:全然。
EMIL:いいえ、としか言いようがないですね。